秩序と混沌と腐敗

この考察を始めるにあたって、個人の尊厳と感情移入の回避を念頭に置き、
具体的な事象を一切、例に挙げないことを誓う。

　秩序という言葉がある。なんとも平和的な言葉である。
　混沌を正すには秩序が必要不可欠。誰もが頷く理屈だ。
　だが指摘する点が一つある。混沌は絶対悪なのか。否、絶対悪など都合良く転がっているものではない。
　ならば秩序は何を破壊しようとしている？

　では、秩序とは何か。秩序を保つには、秩序が認める行為規範以外のイレギュラーすなわち混沌を、拒絶し排除する状態を保持する意味合いを持つ。つまり秩序という単語は保守というより、むしろ攻撃的である。
　例えばXという人間がいたとする。Xは秩序Aの範疇にあるうちは秩序Aに保護される道理にあり、その秩序Aは居心地のいいものだと普遍的なXは捉える傾向にある。ところがXの行為が秩序Aから秩序A以外に移動したらどうだろう。その規範から外れた行為を秩序Aは混沌Bとみなし、徹底的な弾圧を下すのである。そこには理由も情けもない。混沌Bを折るにしろ、完全に再起不能にするにしろ、混沌Bは絶対排除と秩序Aが大義名分を掲げているからだ。
　そうなると、秩序Aが満更でもなかったXは秩序Aへの猛烈な敵意を覚える。その背景には様々な事情がある。ここだけは譲れないと、こればかりは許さないと、そのような人間が人間らしく生きるための感情を、秩序Aは問答無用で蹂躙する。これであぶれた混沌Bが害意を感じない方がおかしい。
　しかし秩序Aはそれすら許さない。秩序Aは単独の混沌Bなぞ一捻りで無に帰すことができるからだ。そして秩序Aの弾圧は、秩序A内に存在する者達にとっては正義であり異存を持たない。これではあぶれたXが生きる道はない。残されるのは秩序以外を押し殺した秩序の奴隷か、その理不尽な秩序を完全に断絶した世界からの消滅。

　秩序Aは時に履き違える。秩序Aが滅ぼさんとするのは、ウイルス的なイレギュラーではなく、人間なのだ。付け足すならば、ただ秩序Aに不適合だっただけの人間なのだ。当然、人間には十人十色といった思考の違いがある。だがその僅かな互いが秩序Aは混沌Bと見なすのである。出る杭は打たれるだ。
　当然だがウイルスを排除する秩序は認めざるを得ない。私の知る限りでウイルスには感情が無く、本人の意思は皆無だからだろう。だが人間で同じことが言えるだろうか。害は消す。極論は死刑制度。果たして『世界に不適合だったから死なせました』が通用するだろうか。
　それでも、あらゆる正当性を言葉で改ざんして秩序Aは大義名分を掲げる。しかし贅肉をそぎ落とした本音は『奴は俺にとって邪魔だから弾いた』が十中八九だ。

　ここまで書けば馬鹿でもわかる。秩序Aを掲げる人間は和平なんて最初から望んでいない。
　秩序を掲げた時点で例外の排除を裏付けた腐敗なのだ。
　否定の声があるなら問う。秩序は全ての人間を救うのか。汝の掲げた秩序が全ての人間を守っていたのか。何かを守れなかった秩序に何を望むのか。それでも秩序に価値があると言い聞かせて掲げ続けるのか。
　秩序は例外排除。それなら私の『秩序を批難する』思考も一種の利己的な秩序と言える。ならば導く結論は思い至る。
　秩序とはエゴイズム。利己主義で個人中心主義といったところ。己の理想にそぐわなければ排撃する。そして残った己への適合者だけを信者として残し利己世界を完成させる。エゴイズムの押し付けだ。まったく秩序を掲げる人間の何とも胡散臭いことか。

　特に、ある領域においてはそのエゴイズムが究極に発展してしまうのである。その領域では本当に自分の世界を作れてしまう。不適合者を抹殺することができてしまう。そこには文字通り理由も情けもない。全て秩序の独断独裁独善。
　一度秩序を掲げだしたら、もう目もあてられない。救いようもなく、歯向かった者は無力なXとして末路を迎えるしかなくなってしまう。秩序を掲げて過干渉すればするほど、低脳な秩序でタチが悪い。反論されると躍起になってさらに秩序を押し付けようとする。

　さて、私の見ていた秩序は何を望んでいたのだろう。人間が人間らしく生きるための混沌を認める秩序というのは、私の桃源郷だったのだろうか。嗚呼、この結果を知っていたら私はそんな秩序の維持になど貢献しなかっただろう。なんと馬鹿馬鹿しく不毛な話なのだ。

　私の四年間は一人のエゴイズムによって無にされようとしている。